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病院の先生はみんな優しかった [妊娠]

うちの病院では、周産期カンファレンスとして、
産婦人科医と小児科医、助産師、NICUのナース
そして、ケースワーカーが
毎週カンファレンスをおこなっています。
そこでは、
それぞれが担当しているハイリスク妊婦さんをプレゼンしたり、
助産師さんが、それぞれ外来で面接して、その産婦さんの家族背景や心配事を聞くなかで、
問題がありそうな産婦さんについて報告したりしています。
実際、分娩はいつおこるか予想できないので、
早い週数から、いろんな情報を共有しておくことが大切です。
リスクは、医学的なものだけに限らず、
社会的なリスクについてにも目を向けています。

そんな中で、「有名人」の妊婦さんがいました。

年齢こそ、そこそこ重ねているのですが、
いわゆる、今時の若者です。

ほとんど、自分のペースでしか妊婦健診を受けません。
予約をとっても平気でキャンセル。
お腹が痛いと、突然、救急受診してきます。
「一応」外来担当医はいるのですが、
実際には、ほとんどその先生の曜日には来ません。

ある夜、「破水したかも?」って電話がありました。
妊娠8ヶ月目だったので、当直の先生が、
すぐに受診するように指示したにも関わらず、
来院したのは明け方。
どうやら友達と遊びに行っていたそうです。
結局は大丈夫でしたが、
その夜の当直の先生もキレそうになったそうです。

陣痛が始まると、
連絡がくるのは、なぜか「友達」経由でした。
本人でもなく、お母さんでもありません。
強いのか、弱いのか、破水はないか、
さすがに、友達経由では陣痛の様子もわからないので、
連絡をうけた助産師さんも困っていました。
そもそも、こちらからこの産婦さんに電話をかけても、
着信拒否なのか、全くつながりません。

 「痛くなったら、自分から来るやろ。」
当直だったボクは、友達の名前と連絡先くらいは聞いておくようにと、
助産師さんに指示しました。

日曜日の当直でした。
朝の「陣痛開始」の噂から半日がたち、日付が変わる前に、
いよいよ陣痛が強くなり、彼女は登場(入院)しました。
その「有名人」の産婦さんとボクは初対面でした。

たしかに今時のお嬢さんですが、
ボクが想像していたより、落ちついているようにも見えました。

日付が変わって、
明け方にお産にありました。

お産が終わって、処置をしながら、
しばらくトークタイムです。

 「なんで、陣痛がはじまったときに、電話してきたのが友達やったんですか?」
「痛くなってきて、友達にメールしたら、『そんなんほっといたらアカンやろ。私が連絡してあげる。』って、友達が病院に電話してくれたんです。」
 「えらいやさしい友達やね。」(京都風のイヤミです)
「そうなんです。あの子も、ここ(うちの病院)で産んでいて、『まかせとき!』って、電話してくれたんです。」
 「状況がつかめないから、助産師さんが困ってたんですよ。今度からは、自分でちゃんと電話してきてね。」
みんなが困っていたと伝えました。
最後に、妊婦健診がとびとびになっていたことについて、
いろんな事情はあったかもしれないけれど、
けっして褒められたものではなかった、と諭しました。

みんなが、あなたのことを心配していたので、
おかげで、今日、あなたとは初対面の気がしない、と付け加えました。

処置が終わって、お疲れさまと声をかけたとき、

「この病院の先生、みんな優しかったぁ。」
 「そう思ってくれるんやったら、今度もし、妊娠することがあったら、ちゃんと約束を守ってくださいね。」
さすがのボクも、当直の明け方のせいか、しんどくなりました。
ボクたち、スタッフが優しかったのは、
決して、この産婦さんに対してではありません。
みんな、お腹の赤ちゃんのことを一番に心配していたんです。

受診態度が悪い、と叱りつけでもして、
それが原因で、もっと病院に来なくなったら、もっと困る、と
思っていただけなんです。
陣痛がきて、自分で電話しないことで、
なにか不都合なことが起きても、
こちらから連絡がつかない状況で、
病院の外で起こったことは、
ある意味、自己責任なんです。

でも、どんなときも、
一番つらい思いをするのは、
一番弱い立場のものです。

この産婦さんが感じた、友達やボクたち病院スタッフの優しさの意味を
育児を通し、いろんなことを経験して、
少しずつでも理解して欲しいと願うばかりです。

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サンタクロースがやってきてた [産婦人科医]

またクリスマスの季節がやってきました。
8年前のこの季節、
ボクはこのブログを始めました。

世の中の、すべての子供たちにサンタはやってきます。
そして、サンタがやってきた証しをみて、
子供たちは、最高の笑顔を大人たちにプレゼントしてくれます。
毎年のように思うのですが、
クリスマスの醍醐味は、子供たちの笑顔です。

妊婦健診で、
もうすぐお産になる経産婦さんたちに、
「サンタさんの準備はできてますか?」
って聞いてみました。

「今日、この健診のあとに、行ってきます。おばあちゃんにみてもらっているので。」

もし、お母さんが、お産で入院しているときに、サンタが来たら、
お母さんのアリバイが成立するわけね。
サンタさんを迎えるのに、親たちはなにかと気を遣うようです。

うちの息子にも、
今朝、サンタさんが来ました。
前の日から、緊張して、なかなか眠れないというので、
一緒に寝てあげることにしました。

そしたら、ほんとに、
朝5時頃目が覚めたら、
息子の枕元に、プレゼントが来ていました。
当直明けで、爆睡していたせいでしょうか、
まったく気づきませんでした。

 「サンタさん、やっぱり、すごい。」
感心しました。

起きて、サンタのプレゼントに気づいた息子は、
「お願いしていたものと、違う。」
と、しょんぼりしてました。

息子の満面の笑顔を期待していたんだけど、
世の中、そんなにうまくいきません。
先週、発売されたばかりの超大人気ゲームソフトなんて、
おもちゃ屋さんでも売り切れなのに、
サンタさんがそんなに調子よくくれる訳ないじゃん。

 「がっかりするのは、君が少しずつ大人に近づいているせいやろ?」
「そんなんやったら、大人になんかなりたくないわ。」
 「わはは。」

来年、クリスマスの魔法から、息子は覚めてしまってるかも知れないけれど、
そしたら、
ボクが、サンタになるからね。

それまでは、一緒に、
夢を見ていこうな。

世界中の、
すべての子どもたちに、
メリークリスマス!!

今まで出会った、小さな命、大切な命、
すべての新しい命に、
そして、そのお父さん、お母さん、
ご家族に、最高の笑顔を!


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新たな一歩 [産婦人科医]

かつて、
10月に思うこと」
というタイトルで、記事を書いたことがあります。
あれから、すでに6年の歳月が過ぎています。

この10月も、
(10月だけじゃなくて、ずっとですが)
本当にたくさんの出来事があり、
そして、
ひとつひとつを、ボクの記憶の引き出しに入れていくんだと思います。
引き出しは、折に触れて、用事があった時に、
そして、用事がなくても、
開けないといけません。
そっと、取り出して、
中身を確かめるのです。

毎年、10月は、ボクにとって
自分を振り返る時でもあります。

昨日、周産期専門医試験を受験しました。
医師になって20年以上が経過し、
学会の暫定指導医になり、
7年間が過ぎました。
学会の暫定措置が終了するため、
専門医を受験することになりました。

試験に先立って、小論文の提出があり、
口頭試問では、
産科、小児科から1名ずつの面接官が
経験症例と、この小論文に関して
質問があります。

試験で小論文を書いたのは、
恥ずかしながら初めての経験でした。
これだけ、
ちまちまとブログを続けているのに。

いくつかの文献を引っ張り出して、
優等生的な内容を書こうと思いましたが、
うまくかけませんでした。
結局、自分の経験に基づいて、
感じたままに思いを書きました。

産科と小児科のそれぞれの先生から、
症例に関する質問がおわり、
小児科の先生が、続けます。

 「つぎに、小論文について伺います。」
と、姿勢を正すような感じでした

 「いやぁ、貴重な、われわれ小児科医からみても、本当に、貴重な経験をされましたね。」
「はい。」
 「先生の書かれているとおりだと思います。」

和やかな、雰囲気の中で、
産科医として、なによりも「母体の安全を最優先させる」というスタンスを、
決して見失うべきではないと述べました。

口頭試問の時間を1分くらいオーバーしたのに、
最後まで聞いていただいて、
面接官の先生には感謝します。

今回の試験で、
これからも、
小さな命と、お母さんや家族のために、
頑張っていくんだという意思を、
自分で確認できたように思います。

この病院に来て、
10月1日で、丸3年が経ちました。

これまでに出会った、新しい命、小さな命も、悲しかった命も、
すべてを決して忘れません。

一つのけじめがついて、
また、
一歩、一歩、前に進んでいきます。

頑張ります。

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女心 [産婦人科医]

毎日、たくさんの患者さんを診察しますが、
長い付き合いの患者さんが何人かいます。

前の病院にいたころからずっと診ている患者さんたちですが、
お産をする患者さんは、10年以上に渡って生み続けるひとはそういませんし、
更年期症状の患者さんたちは、そのうち症状が治まるので
骨粗鬆症など継続して診察する必要がない限り、
ひとり、またひとりとボクの外来を卒業していきます。

10年以上続くのは、多くはボクが手術を担当した患者さんです。
子宮筋腫核出や卵巣腫瘍核出などの術後で、
再発をしていないか、定期的に診察する必要があります。

そんな中で、前の病院の前任者から引き継いで、
今も診察している方がおられます。
前の病院から15年くらい通院されていて、
子宮内膜症の方です。

ボクが引き継いだときには、
すでに術後2年ほど経過していました。
かなり進行した子宮内膜症と子宮筋腫で、月経困難症を伴っています。
1回目の手術で、癒着がきつく、術後に感染を起こし、再手術になっています。
術後しばらくはよかったのですが、徐々にまた子宮内膜症の症状が強くなってきました。
月経時には、飲み薬の鎮痛剤では効かなくなり、毎月、座薬を何個も使うようになりました。
チョコレート嚢腫が破裂して、救急車で運ばれてきたこともありました。
再手術を考えましたが、

「できたら、手術はしたくないです。」

いわゆる、深部子宮内膜症で、1回目の手術よりも条件は悪く、おそらく、
子宮のみならず卵巣まで摘出しないといけなくなる可能性もあります。
そういう患者さんの言葉に、ボク自身、すこしほっとした気持ちにもなりました。

ホルモン療法を周期的に行い、保存的に治療を継続しました。
そのうち、ジエノゲストという、子宮内膜症によく効く薬が発売されて、
この方の症状もかなりコントロールできるようになりました。

3ヶ月ごとの診察をしていくうち、この数年は症状も軽くなっていきました。

今は、ほとんど鎮痛剤を使用しなくてもよくなり、
月経も年に数回になりました。

 「一度、女性ホルモンを調べてみましょう。」

今年の春頃に、月経が半年ほどなかったので採血をしました。
3ヶ月後、受診されたときに、そのときに測った女性ホルモンなどの検査結果を説明しました。
卵巣を刺激するLHやFSHといった下垂体ホルモンは、卵巣機能の目安になります。
結果は、すでに閉経を示すものでした。

 「その後、月経はありましたか?」
「いいえ。お腹も痛くなくて、調子いいです。」
 「こないだの検査結果ですが、閉経したみたいです。」
「‥‥。」

 「長くかかりましたが、たぶんこれで、子宮内膜症の治療は卒業です。」
「‥‥。」

患者さんは、言葉なく、顔を見ると、
目から涙がぽろぽろとこぼれています。
なんと声をかけてよいのか、わからなかったのですが、
今まで、痛みに耐えてきて、
やっとこの日がきた、そういう気持ちなのかと思いました。

 「お疲れさまでした。」
 「今まで、ずっと頑張ってきたし、ほっとしましたか?」

すると、この方は、涙を拭きながら、顔を横に振り、
やっと口を開いてくれました。

「なんだか、寂しくて。」

痛いのは、自分が女性だからと思って頑張ってきたのだと思います。
自分が女性であるということを、月経のたびごとに感じておられたのかもしれません。

子宮内膜症は閉経することで治療が終わるのが一般的ですが、
それは、単に医療者が一方的に思うことで、
閉経を迎えるということは、
一人の女性にとって、そんな簡単なものではありませんでした。

その後、子宮内膜症の研究会に参加しました。
たくさん内膜症の手術をされている先生に、懇親会でこの話をしました。
そしたら、その先生は笑いながら、こう答えてくれました。

「それこそが、女心ですよ。」
「深いんです。」
 「たしかに、深いですね。」

多くの先生が順番に挨拶にこられるのでそれだけの会話になりましたが、
きっといろんな話がまだまだありそうでした。
まだまだ、産婦人科医としての修行は続きます。

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さよならが言えなかった [産婦人科医]

ボクには同い年のいとこがいて、彼は先天性脳性麻痺でした。
母から聞いたところによると、生まれたときにへその緒が何重にも巻き付いていたのだそうです。
今から考えると、知的障害があって、運動機能障害は軽度でした。
幼い頃は近くに住んでいたので、よく一緒に遊んでいました。
でも、いつ走り出すかわからないので、いつもぎゅっと手を握っておかないといけませんでした。
名前を呼んでくれたことはありましたが、ちゃんとした会話をした記憶はありません。
伯父さんや伯母さん、いとこのお兄ちゃんやお姉ちゃんも、いつも彼の手を握って、歩いていました。
地元の小学校では、養護学級に入っていたので授業は別々でしたが、
同じクラスでした。
4年生の遠足では、伯父や伯母、いとこがいない場所で、
先生と交代で、彼の手を握って歩いたのを覚えています。

何かの用事を親に頼まれて、伯父の家に行ったとき、
伯父はちょうど、庭の花壇に球根を植えていました。
ネコがいたずらしないように、割り箸を一緒に土に刺していました。
それがおもしろくて、後ろから見せてもらっていたとき、
伯父がボクの顔を見ることもなく、
「なぁ、haru、おっちゃんが死んだ後、あの子のこと頼むで。」
いとこのお兄ちゃんもお姉ちゃんもいるのになんでやろ?と
思いながらも、
 「うん、わかった。」
と、返事をしました。
何故かわかりませんでしたが、胸がギュッとなったのを覚えています。

その後、ボクは私学の中学に通うようになり、
彼とはほとんど会わなくなりました。
中学を卒業すると、養護施設に入り、
年に数回しか家に帰らなくなりました。
祖母や伯父が亡くなったときも、
彼と会うことはありませんでした。

先日、当直明けの土曜日の夕方、
実家の母から電話がありました。
いとこが亡くなった、というのです。
この数年は、病気がちで少しずつ弱っていたそうなのですが、
亡くなったのは3日前のことで、その日の昼に、お葬式があって、
ボクの名前で、お花も供えておいたし、
骨も拾ってきたから心配しなくてもいいよ、というのです。

突然のことなので、言葉になりませんでしたが、
昔、花壇の横でした、伯父との約束を思い出しました。

「なぁ、haru、おっちゃんが死んだ後、あの子のこと頼むで。」

伯父とボクは、確かにそう約束したのに、
ボクは、まだ何にもしていません。

 「なんでいうてくれなかったん?お葬式、行けたで。」

母にそういうと、
「忙しいのに、わざわざ帰ってこなくてもいいの。」
「全部、済んだから、大丈夫。」
と繰り返しています。
伯母は、ボクの母とほぼ同い年なので、すでに80才前後でしょう。
「これで、やっと安心して死ねる。」
と母に語ったそうです。

幼い頃から、母は、ボクといとこが一緒にいると、
伯母に気を遣っていたことも思い出しました。
テストでいい点をとったことを伯母たちがいる前で
自慢したとき、要らんこと言わんでもいい、と
叱られたこともありました。

ボクがいとこのお葬式に行き、伯母に会うことを、
母は避けたかったのかもしれません。
50年来の、母と伯母の関係がそこに存在していたのでしょう。

でも、ボクは、
もう一度、いとこに会いたかった。
手を握って、仲良く歩いた遠足を二人で思い出したかった。
そして、
ボクが伯父と大切な約束をしたのに、
なんにもしてあげることができなかったことを
謝りたかった。

ボクが彼に、
さよならが言えなかったのは、寂しかったけど、
一番、寂しかったのは、
ボクじゃないと思います。

今、ボクには、
産婦人科医として
しなくてはいけないことがたくさんあり、
もしかすると、
それこそが、
昔、伯父とした、
約束なのかもしれないと思いました。

天国で、
お酒が好きで、いつも陽気な伯父は、
いとこの手をぎゅっと握りながら、
いい気分でお酒を飲んでいるように思います。

「haruに頼んでおいたから、大丈夫や。」

さよならが言えなかったのは、
ボクにとって、
伯父との約束がまだ続いているからなのかも知れません。

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笑顔の約束 [妊娠]

年末のせわしない毎日が続いています。
11月に続き、12月は、忙しかった。
そして、つらかった。

言葉にできないくらい。

毎年、クリスマスの時期には、ボクはこのブログでも、
元気に生まれてきた赤ちゃんたち、
そして、
悲しくも、生きて生まれてくることができなかった赤ちゃんたちに、
同じように、サンタクロースからのプレゼントが届くように
祈っています。

サンタクロースのプレゼントは、
ボクたち大人が、子どもたちの希望と幸せを祈り、
そのお返しに、すてきな笑顔を見せてもらえるという
ご褒美でもあります。

そして、ブログでは書く時間がありませんでしたが、
今年も、祈りました。

そんな中で、忙しく、外来で健診をしている妊婦さんたちのなかに、
一人の妊婦さんがいます。

5年前、前の病院にいた頃、
妊娠23週で救急搬送になりました。
病院に到着したときには
赤ちゃんの体が子宮から出かかっており、
逆子でした。
そのまま経腟分娩になり、小児科の先生の懸命な蘇生にかかわらず、
500グラムほどの小さな赤ちゃんは、まもなく亡くなりました。

この方の悲しみはとても深く、
睡眠障害や気分不安定が続きました。
ボクは、お産の後も、
月に1、2回、自分の外来に来てもらい、
抗不安薬なども使いながら
診ていきました。

半年ほどが経ったとき、
「もう大丈夫です。」と、言ってくれました。
次の予約はいりません、と。
何かを決心したかのようにも見える深いまなざしでした。

そして、まもなく、妊娠して、またボクの外来に診察に来てくれました。
次の妊娠は、予防的な子宮頸管縫縮を行ったにもかかわらず、妊娠34週で破水、早産になりました。もちろん、赤ちゃんは元気で、無事に育っています。
無事にお産を終えることができて、ボクは少しでもこの方のかつての悲しみを癒すことができたかもしれませんが、それでも、亡くなった赤ちゃんを忘れることはできません。

その後、2年近くして、今の病院に移り、再びボクの外来に来られました。
妊娠を希望されての受診です。
もともと月経不順のあったので、軽い排卵誘発ですぐに妊娠することができました。

今回の妊娠でも、やはり子宮頸管縫縮術を行いました。
最近は予防的頸管縫縮術以外にも黄体ホルモン製剤投与が選択されることもあるのですが、2回目の妊娠で何とかうまくいったので、方法を変えたくありませんでした。
手術のあと、小さな出来事もそれなりにあって、
なかなか順風満帆とはいきませんが、
今もなんとか妊娠週数を重ねることができています。
胎児も順調に育ってくれています。

しかしながら、
妊娠に関して不安が拭いきれないこの方は
笑顔を見せてくれることはほとんどありません。
当然だと思います。

診察をする度に、
ボクは最初のお産を思い出します。
診察が終わって、お話をする時も、
やはり、最初のお産を思い出すのです。

ボクは、この方を診て、
「いつも不安そうで、笑顔を見せてくれない」
と感じていました。

少しずつ週数が進んでいき、
そろそろ、もし早産になっても赤ちゃんが
無事に育ってくれる週数に入り出した頃、
たまに、にっこりしてくれる瞬間が出てきました。

 「笑顔や」
ボクは、一瞬の笑顔を見つけて、
ほっとするのですが、しかし、その次の瞬間、
ボクの顔をじっと見て、
また不安そうな顔に戻ります。

この方が心から微笑む瞬間を
ボクは見ることができるのだろうか?

この方が微笑まないのは当然でしょう。
最初のお産があまりにも悲しいからです。

しかし、
それだけではないと思うようになりました。

ボク自身が原因なんだろうと気付いたのです。

自分では気付かなかったのですが、
ボクはこの方を診察するとき、
きっと、ものすごく恐い顔をしているのではないかと思うのです。

最初の赤ちゃんを忘れまいという気持ち、
今の赤ちゃんをなんとか無事に持たせたいという思い、
この方の今までの経過の中で、
自分の力が及ばなかったことに対する申し訳なさなど、
ボクの様々な想いが、
きっと自分では気付かないうちに、
「恐い顔」になっているのではないかと自覚するようになりました。

笑顔を見せてくれていないのは、
この方ではなくて、
ボク自身だと思います。

患者と主治医という、長い付き合いの中で、
きっと、この方は、
ボクの一番恐い顔を見ているのです。

あのときの、
ボクの一番恐い顔をまた見るのではないか、
という不安と戦っているといいのかもしれません。

そう思うようになると、
本当に申し訳ない気持ちになります。

あと少し、
もう少し頑張りましょう。

そして、きっとボクは、
あなたににっこりと微笑むことができるはずです。

決して忘れることのできない赤ちゃんを想いつつ、
新しい命の誕生を迎えたいと思います。

メリークリスマス!

すべての子供たち、
そして、その子供たちを愛する人たちに、
愛に満ちあふれた、最高の笑顔を!
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もう2年経ちました [産婦人科医]

気がついたら、
もう3ヶ月も更新していませんでした。
いろいろ考えることがあって、
なかなかこのブログに、
常々感じている、自分の気持ちや考えをまとめる時間がありませんでした。

そういいながらも、ボクが今の病院に移って、
丸2年が経ちました。

前の病院では、あの場所とあの立場で、自分ができることをやり尽くした気持ちと、
しんどくて、自分が自分らしくあり続けることが難しくなった気持ちもあって、
多くの皆さんに迷惑をかけながらも、飛び出してしまいました。

2年経った今、ボクはどうでしょう?
ちゃんと、自分が自分らしく、やるべきことを十分にできているのでしょうか?
そもそも、ボクの「やるべきこと」ってなんだったでしょう?

スタッフや、病院の規模の大きさにも助けられ、
なんとかそれらしく、日々の業務をこなしています。
でも、なぜか、しっくりこないのです。

もちろん、関わった患者さんや産婦さんには
今まで通り、正面から向かい合い、そして、寄り添っています。
その姿には、なんにも変化はありません

「どっぷり感」というのでしょうか。
前みたいに、深みを感じないのです。

自分が歳をとって、深みに入ると足をすくわれるから、
自然と浅瀬を選んで歩くようになったのでしょうか?
次々とたくさんの患者さんや産婦さんがいて、
単に、ひとりひとりの接する濃さが薄まっているのだけなのでしょうか?
それとも、多くのスタッフに恵まれているおかげで、大きな波が打ち寄せても、
それほど強い力を感じないだけなのでしょうか?

でも、落ち着いて、周りを見ても、
きっと、ボクの立ち位置、向きはブレていないはずです。
たしかに、
力の入り方、というか、抜き方、というか、
その辺は、もう少し加減が必要かもしれません。

もう2年ですが、
きっと、
まだ2年、なんだと思います。
(前いた病院では、10年ちょっと頑張ったんです。)

毎日、毎日、忙しくこなしている仕事に深みが備わってくるには、
まだまだ時間がかかりそうです。

修行はこれからも、まだまだ続きます。

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勇気という名のプレゼント [分娩]

最近は高齢の妊産婦が年々増加しています。
40歳なんて、珍しくありません。

うちの病院でも、先日46歳の方が出産されましたし、
そんな話を仲間内ですると、
「うち(の施設)は48歳。しかも、双胎。」
とか、ちょっとしたどや顔で言い返されたりします。

先日、一人の妊婦さんが出産されました。
42歳の初産婦さんでした。
結婚が遅く、ご主人は年下でした。

妊娠初期から、いつも機嫌良く?受診されており、
体重増加や血圧など、注意することもほとんどなく、
いわゆる「順調に」経過していました。
風邪を引かないようにと、病院に受診するときはいつもマスクをされていて、
この方を素顔を見たのは、妊娠36週に入ってからでした。

 「失礼ですけど、こんな顔してはったんですね。」
「そうなんです。すいません。」
 「いっつもマスクしておられたから。」
 「もし、緊急で手術することになっても、他の人と間違うかも知れなかったですね、わはは。」

健診についてきたご主人も楽しそうに、
「かわいい顔してるでしょ?」
って。
 「はい、そうですね~。」

この方は、妊娠初期からはっきりと意思表示をされていたことがあります。
分娩は最初から帝王切開を希望されていたのです。

電子カルテのサマリーに、
出産予定日とか合併症の有無などを記載している部分があるのですが、
そこに、
「選択的帝王切開希望」と記載してあります。
(・・・記載したのはボクですが、)

 「帝王切開ですか?」

「はい、高齢なんで。」
「高齢って、なにかとトラブルあるって言うし、安全な方でお願いします。」

 「帝王切開にも、それなりにリスクはありますよ。」

「はい、でも、赤ちゃんには安全な方がいいかなって。」
「それに、最初で最後の妊娠だと思うんです。」

 「わかりました。」

毎回の妊婦健診が、あまりにも順調だし、
妊娠9ヶ月目には、児頭が骨盤内に下がってきており、
妊娠10ヶ月目には、少し子宮口が軟らかくなってきていました。

こんな妊婦さんを帝王切開していいんだろうか?
悩んでしまうくらい、もったいない気持ちになりました。
もったいないですよ、といっても、
この方の気持ちは揺らぐことはありませんでした。

帝王切開の前に、ご主人と一緒に、手術のリスクを説明しました。
その後で、同意書を渡して、記入してもらいます。

たまたまでしたが、
入院した前日は、ボクが当直だったので、
夜中に陣痛が来たら、そのまま経腟分娩してもらおうか、なんて密かに考えていました。

結局、陣痛は来ることなく、
手術の朝になりました。
病室に顔を見に行きました。

 「おはようございます。いよいよですが、よく眠れましたか?」
「あんまり眠れませんでした。」
 「頑張りましょうね。」
「はい、よろしくお願いします。」

いつも、ずっとニコニコされていた方ですが、
さすがに緊張は隠せません。
笑顔が明らかにこわばっています。

帝王切開は、滞りなく順調に終わり、
元気な赤ちゃんが生まれました。

 「お疲れ様でした。 怖かったでしょう?」
「はい。そりゃ、もう。」
「でも、主人に似てくれててよかったです。」

いっぱいいっぱいのギリギリの笑顔で答えてくれました。

そこで、ボクは考えました。

高齢であると言うだけで、
自然な経腟分娩をせず、
帝王切開を受けることは、
本当に正しいことなんだろうか?
本当に必要な医療介入だったのか?
きっと、この方なら、普通に、いや、普通以上に順調にお産できたのではないか?

医学的に、何が正解か、わかりません。
46歳の初産婦なら、世の中のほとんど施設が帝王切開を選択するでしょう。

この方にとっての帝王切開は、
生まれてくる赤ちゃんに対して、
「自分ができる最大の安全」を提供する手段だったのだと思いました。

その安全を提供するために、
この方は、顔が引きつるくらいの恐怖に耐え抜いたのです。

陣痛は、そりゃ痛いでしょう。
しかし、
医学的に必要がなかったとしたら、
お腹をばっさり切って、赤ちゃんを産むなんて、
ボクが女性だったら、怖くてできないと思います。

この方は、妊娠をしたときに、
最後に、元気な赤ちゃんを抱っこする、という最終目標を達成するために、
自分がイメージできる最も確実な方法を選択したのでしょう。

この方が選択した帝王切開は、
もしかしたら、母親として、最初に赤ちゃんに捧げた、
『勇気』という名のプレゼントだったかも知れません。

これからも、ニコニコと
優しい笑顔で、子育てを頑張ってください。
そして、赤ちゃんが大きくなったときに、
自分がどんだけ頑張って、産んだのかを
誇らしく話してあげてほしいと思います。

本当にお疲れ様でした。

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この子が教えてくれたんです。 [分娩]

少し前、当直をしていた時、母体搬送の依頼がありました。

妊娠35週の経産婦さん。
自宅で意識消失を起こし、近くの救急病院に搬送されました。
血液検査や頭部CT検査で特に異常はなく、
数日前からの下痢・嘔吐があり、原因は脱水症状のようでした。
ただ、胎児モニターで一過性徐脈が出現しているとのことです。
一過性徐脈は、胎児の低酸素状態を示す児心拍の波形パターンです。

「原因は脱水みたいなんですが、胎児が元気ないんです。すぐに(ベビーを)出さないといけないと思いまして。」
 「わかりました。すぐに送ってください。」

その病院の先生は、よく知ってる先生です。
小児科が早産児の対応ができないという理由で紹介になりました。

到着すると、
意識ははっきりされていますが、顔色はすこし悪いようです。
血圧は正常ですが、脈拍は早い。
ショック状態です。

 「輸液アップしよう。」

脱水という情報もあり、輸液(点滴)をたくさんしないといけません。
輸液をしながら、超音波などで診察をしていくと、
早産や胎盤早期剥離の所見はありませんでした。
羊水も十分にあるし、胎児の状態が悪い原因ははっきりしませんでした。

 「何やろ?」

胎児の状態がよくない原因がわかりません。
考えられる原因を一つ一つ挙げては、確認していきます。

 「そうか、貧血か。」

到着してすぐに行った採血検査の結果が順次出てきます。
前の病院でした採血検査と比較すると、
ヘモグロビン値が2g/dLほど低下しています。
妊婦さんの血液量は体重の10%といわれています。
もともと貧血がなかったとして、最低でも2000mLほど出血しているか?

じゃあ、どこから出血しているのか?

 「消化管しかない。」

脱水症状が重なって、血液が濃縮していたので前の病院ではよくわからなかったようです。
そういえば、診察のとき肛門付近に付着していた黒い汚れは、黒色便やったか。
黒色便は胃からの出血が胃酸の影響で黒くなってできます。

 「輸血の準備をして、すぐにカイザー(帝王切開)!」

輸血の準備を大至急オーダーしました。
胎児の状態がよくないので、大至急で行いたい。
麻酔科、手術室、小児科など、すぐにでも帝王切開する準備はできていましたが、
ここは母体最優先です。
状況を妊婦さん本人とご主人に説明し、同意をいただきました。
急速に点滴をしながら、手術室に運び、クロスマッチが済んだ輸血の到着を待ちます。
ほんのしばらく時間が、長く感じました。

母体の状態を考えると、麻酔は全身麻酔です。

 「頑張りましょうね。」
「はい…、お願いします。」
 「よろしくお願いします。」

麻酔科の先生、手術室のナース、小児科の先生、ベビー担当の助産師、
手術を開始するときには全員にアイコンタクトします。

まずは麻酔です。
全身麻酔なので、麻酔がかかってからなるべく早く娩出が必要です。
患者さんが眠り、麻酔科の先生が手際よく気管挿管します。

「はい、どうぞ。」

何回、この帝王切開をしてきたんだろう。
超緊急の‥。
 「ベビー、産まれました!」

自問自答する、その答えが出ないうち、
執刀開始から1分ほどで産まれた赤ちゃんは、
小児科の先生の蘇生で間もなく元気に啼き始めてくれました。

 「よかった、元気や。」

実際は、2分ほどだったのですが、啼き始めるまでの時間の長く感じたこと。

「輸血開始しますね。」

麻酔科の先生が直ちに輸血を開始します。
本当は、児の娩出までに開始したかったのですが、
万が一の輸血の副作用が胎児に及ばないように、という麻酔科の先生の判断です。

輸血をして、無事手術も終わり、
あっという間の帝王切開でした。
閉腹の時に腸を確認すると、中に真っ黒な便が詰まっているのが透けて見えました。

 「やっぱり、上部消化管からの出血みたいやね。」

翌日、消化器内科に診察を依頼して、
状態が落ち着いていたので、その次の日に内視鏡検査を行いました。
数日後にでた病理診断は、想定していた最悪のものでしたが、
進行期は初期でした。

数日後に、無事に外科の手術も終わりました。
最終的な病理検査の結果でも、追加治療は不要でした。
母乳をあげることもできます。

帝王切開から、外科の手術も終わり、そろそろ退院という時期に、
赤ちゃんも退院です。

明日、一緒に退院できるという日に、
お母さんとゆっくり話しました。
NICUからでてきた赤ちゃんを抱っこしています。

 「今回はびっくりしましたね。 」

「はい。でも、これで良かった、って思ってるんです。」
「初期で見つかったし、ちゃんと治療もいっぺんにできたし。」

 「そう、よかったですね。 もう、無理しちゃだめですね。」

実は、この方はキャリヤウーマンで、職場でも責任ある立場であったようです。
聞いてみると、消化器症状には気づいていたのですが、
妊娠によるものであると思い込み、受診しなかったようです。
産休もぎりぎりまで働いて、産休に入っても、残務処理のために出勤していたそうです。

「この子が教えてくれたんです。 病気のこと。」

 「妊娠しなかったら、忙しくて病院にも行かなかったんでしょうね。」

「はい、きっと。」

 「そしたら、やばかったですよ、たぶん。」

「そうですよね。」

抱っこしながら、じっと赤ちゃんの顔を見つめています。

小さな新しい命が教えてくれたのは、
お母さんの病気のことだけではなかったと思います。
仕事を頑張りすぎて無理をしてはいけないことも教えてくれたのです。
少なくとも、これからは無理しないでください。

女性が、社会で責任を持って仕事をするときに、
妊娠していることが不利になっている背景もあると思います。

妊娠しながら、安心して仕事を続けることのできる環境が
これからも、もっと充実することを祈ります。

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一生ついていこうと思った [産婦人科医]

ある日の夕方、まだまだ仕事が終わらず、病棟でばたばたと仕事をしているときでした。
ボクの携帯電話が突然なりました。
電話番号は、前の病院の産婦人科病棟です。

 「なになに?」

電話に出てみると、前の病院の産婦人科病棟の師長さんからでした。
「先生、お久しぶりです。お元気ですか~?」
変わらず、やさしそうな声です。
 「元気ですよ、いつだって。わはは。」
「じつは、今度、小児科のS先生が退職されるんですが、」
 「うん、聞いてます。」
その先生からの年賀状に書いてあったので知っていました。
前の病院でずっと一緒に働いていた、大先輩の先生です。
「来週、送別会があるんですが、先生に声をかけてほしい、と言われたんです。」
 「えーっ。残念、こっちの病院の送別会と重なってるわ。」

その日は、うちの病院の産婦人科の先生の送別会でした。
 「二次会とかないんですか?」
「今のところ、その予定はないんですよ。」
 「そうですか、残念ですけど、先生に宜しく伝えてください。」

その小児科のS先生との出会いは、ボクが前の病院に赴任した12年前です。
ドクターになって10年が過ぎたころです。
その先生は、小児科部長で、数年前にやってきて、その病院でNICUを一から立ち上げた先生です。
その先生が京都に来てから、京都府の新生児死亡率が、
全国ワースト1から一気に中程まで上がった、と聞いたことがあります。
新生児医療一筋の先生で、若い頃は、ずっと病院に泊まり込み、
一年間に2,3回しか家に帰らなかったので、住まいは友達とシェアしていたそうです。

ボクが赴任したころも、週に何日かは病院に泊まっていたようです。
詰所の横の休憩室では、ソファーに座って、半分目を閉じて、「瞑想」しているかと思うと、
突然、ものすごい「いびき」が響き渡り、みんながびっくりして飛び上がることもありました。
でも、その先生が、夜通しNICUの赤ちゃんを診ていることを知っているので、
みんな笑っています。

「風邪、引かないでくださいよ。」

突然、自分のいびきで目が覚めた先生は、ばつが悪そうに、
看護師さんたちが休憩時間に食べるためにおいているお菓子をむしゃむしゃと食べ始めます。

 「先生、風邪とか引かないんですか?」
「うん、ぼくは全部の風邪引いているから。」
たまに、数年に1回、のどが痛くなることがあるくらいだそうです。
 「先生の血には、いろんなウィルス抗体ありそうですね。」
先生は、返事をせずに、むしゃむしゃとお菓子を食べ続けています。

「あの、、あの、、あの妊婦さんは大丈夫ですか?」

突然、切迫早産で生まれそうになっている妊婦さんの状態を尋ねてきます。
 「どの妊婦さんですか?」
何人も入院しているので、わかりません。
でも、その先生が、どの妊婦さんのことを心配して尋ねているか、
ボクにはわかっています。
それでも、わざと、聞き返してみます。

「おとといの、ひとです。」
 「ええ、落ち着いています。明日で26週です。」
「もう、大丈夫ですね。いつでもどうぞ。」

そんな、憎めないキャラの先生です。

ボクが、その病院に赴任してまもなくの頃です。

一人の妊婦さんが緊急入院になりました。
妊娠18週で、完全破水です。
まだ、胎児の心拍はありますが、すでに子宮口が開大して、
病院に来たときには、子宮口まで胎児が出かかっていました。
もうどうしようもありません。

妊娠22週未満では、早産ではなくて流産です。
産まれても、100%助かりません。

びっくりして、どうしたらいいのか戸惑う、その妊婦さんに、
今回の妊娠は、抗生剤や子宮収縮抑制剤でも、
この妊娠を22週まで維持することはできない、
従って、赤ちゃんが生まれても、
蘇生することもできないと説明しました。

重苦しい雰囲気が漂いました。

そして、少しずつ強くなる陣痛を静かに待ちます。

じっと詰所で、待機していると、
S先生がやってきました。

「産まれそうですか?」
 「はい・・。残念ですけど。18週は厳しいですよね。」
「そうですね。 でも、産まれるとき、声かけてください。」
 「えっ? 18週ですけど。」
「私が立ち会います。」
 「・・・わかりました。」

ボクは一瞬、どうしたものかと思いました。
妊娠22週なら、どんなに厳しくても、蘇生は必要だと思いますが、
18週では、蘇生のしようがありません。
小児科の先生が関わることが、
そのときのボクには、理解できませんでした。
先生は、ボクに多くを語ろうともしませんでした。

そして、しばらくして、お産になりました。
先生は、妊婦さんの横に寄り添って、お産に立ち会ってくれています。

在胎18週の赤ちゃんは小さいけれど、
形は立派な赤ちゃんです。
するりと産まれてきたので、静かに体を動かしています。

ボクは、おへそを切り、乾いたタオルで赤ちゃんを包みました。

そして、横にいた先生が、
まるで、宝物をもらったかのような優しい笑顔で、
赤ちゃんをやさしく抱きあげました。
おもむろに、聴診器を赤ちゃんの胸に当て、心臓の鼓動を確認しました。

「赤ちゃんは、まだ生きていますよ。抱っこしてみますか?」

お母さんに優しく、尋ねます。
「はい。」
泣きながら、お母さんは、産まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱きしめます。

胎盤がでて、ボクが診察を終えたあとも、お母さんは抱っこし続けます。
そして、お母さんが少し疲れた様子を見せると、
今度は、先生自身が交代して、赤ちゃんを優しく抱き続けました。

時折、先生は、すっと手を伸ばし、
聴診器で心臓の鼓動を確認します。

赤ちゃんが生まれて、3時間ほど過ぎた頃、
先生の腕の中で、
ついに赤ちゃんの心臓が止まりました。

S先生は、お母さんに、赤ちゃんが亡くなったことを伝え、
残念ですと一言添えて、
赤ちゃんをそっとお母さんに渡し、分娩室を後にしました。

このとき、この瞬間、
ボクに衝撃が走りました。

助かる命を助けるのは当然でしょう。
助からない命を、苦痛なく過ごせるようにするのも、立派な医療です。

しかし、この先生は、
こんなに小さな命を、
神様からもらった宝物のように大切に、愛おしく、胸に抱き、
静かに、産まれたばかりの命を、一人の人間として迎え入れ、
静かに、また天国へ見送るのでした。

 「これこそが、小児科医の姿。」

その一言だけでした。

そして、ボクは、本当に、自分が恥ずかしくなりました。

何よりも、命の尊さを想いながら、
今までの自分は、
本当の命の意味を、
全くといって良いほど、理解していませんでした。

自分が、もう少しマシな医者だと思い込んでいましたが、
そうでないことに気づきました。

先生は、きっと、
自分のいる病院に赴任してきたばかりの産婦人科医に対して、
命の大切さを教えてくれたのだと思います。
そして、
人間の力ではどうしようもないところにでも、
医療者は関わることができると教えてくれました。

ボクが、先生を心から尊敬し、
一生、ついて行こうと思った瞬間でした。

自分が小児科医になりたかったのに、
産婦人科医になったのも、
この先生に出会うためだったとさえ思いました。

結局、その電話をいただいた次の日に、
前にいた病院を訪ね、
病棟で先生に会うことができました。

 「先生がいる間は、この病院を辞めないつもりでしたが、先に逃げ出しちゃって申し訳ありませんでした。」
「いえいえ。」

先生は、にこにこされていました。

定年を少し過ぎて、やっとリタイヤかと思うと、
また、ご自宅の近くの大病院で、新生児科医として続けられると聞きました。

「ただの人数あわせですよ。」

もしかしたら、またいつか、先生の立ち会いのもとで、
新しい命を取り上げることができるかも知れません。

そして、そのとき、
ボクは、もう少し、まともな医者になっているでしょうか?

その日のためにも、
ボクの産婦人科医としての修行は、
まだまだ続きそうです。


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