So-net無料ブログ作成
検索選択
産婦人科医 ブログトップ
前の10件 | -

医師として、気持ちを引き締める日 [産婦人科医]

6月1日は、20数年前に、ボクが医師として、産婦人科医として、社会人として歩き始めた日です。
昔は、国家試験は4月にあり、結果発表が5月だったので、働き始めるのが6月1日になったという訳です。
研修医として最初にオリエンテーションを担当してくれた先生は、当時の病棟副医長でした。その先生とは長い付き合いで、結局、ボクが開業する前に勤めていた病院での上司でもありました。

自分が開業するときも、一番心配をかけて、一番迷惑をかけた先生です。

辛口な時もありましたが、どんな時も、いつもボクの味方でいてくれた大切な恩師です。
開業前に、自分が開業することを決心した時には、息子のことも一緒に心配してくれて、自分にできることがあれば遠慮しないようにと言ったうえで、「頭を冷やしてもう一回考えてみなさい。」と諭してくれました。
しばらく時間をおいて、もう一度、退職して開業する決心が変わらないことを告げに行ったときは、開業して一日何人くらい診察したら採算がとれるんだろうって、真剣に計算してくれました。

開業の時は、先生は、素敵な観葉植物お祝いにくれました。
胡蝶蘭が多い中、いつまでも枯れない観葉植物という選択は、その先生の人柄そのものだと思いました。

ボクのクリニックは、開業当時にいただいた観葉植物がいくつかあり、どれも大切にしていますが、
先生からいただいた観葉植物は、診察室で患者さんと向かい合ったときに、ボクの左後ろで、ボクを指導しているような位置関係に置いてあります。

自分がつねに、患者さんに向かい合い、そして、ときに寄り添い、信念と希望と愛情をもって医療を続けることができるのは、いつも自分が理想としている医師の姿があり、その姿に見守られてきたからです。そして、今も毎日、見守られています。

何年たっても、追いつけない、追い越せない、自分にとって大きな存在。
少しでも、近づくことはできるのでしょうか?

まだまだ、修業は続きます。

nice!(4)  コメント(6) 
共通テーマ:妊娠・出産

10年経ちました [産婦人科医]

このブログを始めて、ちょうど10年が経ちました。

その頃のボクは、
いつも何かと戦っており、
何かに憤り、何かを威嚇し、何かを叫んでいました。

「小さな、新しい命を守る」という、大義名分のもとで。

しかし、
そうして、ボクは、
何を得たのでしょう。

たしかに、日々の喜びがありました。
元気な赤ちゃんの産声だったり、ほっとしたお母さんの笑顔だったり。

今でも、元気に、無事に育った姿を見せに、
産まれるときにボクが立ち会った子どもたちがクリニックを訪ねてくれています。
これほど、幸せな瞬間はありません。

でも、そうやって、ボクが何かと戦ってきたことで、
怯えたり、傷ついたりした人たちもたくさんいたと思うと、
本当に申し訳ない気持ちになります。
 ・・・ごめんなさい。

今のぼくは、
もう憤らないし、威嚇もしないし、叫びません。
なぜなら、その必要がないからです。
たまに、歯がゆい気持ちになることはありますが、
ボクがニコニコしているほうが、みんながハッピーになります。

今、ボクには、
児童虐待未然防止(妊娠期からの虐待対策)や、
望まない妊娠をゼロにする(若年妊娠をどうするか)、
そして、少子化対策(適切な年齢で妊娠・出産)など、
産婦人科医ができる大切な仕事がいくつかあり、
その一つ一つを、大切に続けています。

今日も、ボクが帝王切開で取り上げた子どもが、
お母さんの検診に連れられて、
クリニックに来てくれました。
診察が終わって帰るときに、
「ありがとう!」って、
お母さんの代わりにハイタッチしてくれました。

きっと、君も、明日の朝、
サンタさんからのプレゼントを受け取って、
きらきらした最高の笑顔を見せてくれるんだろうね。

明日の朝、
自分の枕元に、
なぁんにも届いていなくても、
きっとボクは、ニヤニヤしながら目覚めるでしょう。

子どもたちの最高の笑顔と、
そして、
その笑顔をプレゼントしてもらった大人たちの微笑みとを
想いながら。

メリークリスマス!

産婦人科医は、今も頑張っています。


nice!(4)  コメント(2) 
共通テーマ:妊娠・出産

順調ですか? [産婦人科医]

前の病院を退職して、
今月末で丸一年になります。
あっという間でした。
ちょうど一年前は、開業準備と日々の業務をダブルでこなしてたので、
睡眠時間は3~4時間でした。
よく身体が無事だったなと思います。

開業当時は、患者さんも少なくて、
これまで勤務していた時の患者さんが受診に来てくれていたので助かりました。

受診してくれた患者さんが、
「ここって、先生一人なんですか?」
 「そうなんです。」
「じゃあ、いつ来ても、先生が診察してくれるんですか?」
 「そういうことになりますね。」
「待ち時間もないし、いつ来ても先生だなんて、オトクじゃないですか?!」
 「そう、いつでも大売出し中ですよ。」
 「わはは。」
 
まだまだ、黒字ベースは程遠いですが、
少しずつですが患者さんも増えてきて、
奥さんの援助もあって、なんとか生活できています。

何かと忙しいですが、少なくとも毎日、ニコニコして働いています。

先日、学会に出かけて、久しぶりに会う先生方、何人かと話すことがありました。
みなさん、口を揃えたかのように、

「どうですか?順調ですか?」
と訊いていただきます。
「儲かりまっか?」
という意味です。

 「いやいや、まだまだヒマヒマです。」
 「今の、3倍くらい、まだまだ余裕で働けるくらいです。」

「またまたぁ、めっちゃ稼いでるんでしょう?」

 「そのつもりでしたが、なかなかうまくいかんもんです。」
 「でもね、」
 「毎日、ストレスなくて。」
 「何よりも、それが一番よかったんです。」

「そうでしょう。先生の顔見たら、わかりますよ。」
「前よりも、もっと優しい顔になってますよ。」

ある、大学で研究されている先生が別れ際にそういってくれました。

 「そうですか~?わはは。」

前の病院を辞めてしまい、
多くのみなさんに、たくさんご迷惑をおかけしたことは
申し訳ないと思っています。
でも、そのおかげで、
ボクは、今、毎日、ニコニコしていて、
目の前の患者さんを前より優しい笑顔で診察することができています。

そして、また、新しくやるべきことも、いくつも出てきています。

それは、これから生まれてくる、新しい命と、お母さんを大切に、守っていくことです。
大きな病院でなくても、できることはたくさんあります。

まだまだ、産婦人科医は頑張っています。

「順調ですか?」

 「はい、順調ですとも。」

一人の産婦人科医として、そう笑顔で答えることができる日は、そう遠くないと信じています。


nice!(4)  コメント(8) 
共通テーマ:妊娠・出産

育自休暇です [産婦人科医]

クリニック開業して、
あっという間に2ヶ月が経ちました。
開院のときにいただいた胡蝶蘭も
少しずつ盛りをすぎてきました。
それに合わせるかのように、
患者さんが来てくれるようになり、
まあまあ忙しい日もありますが、
まだまだ力が余っています。

「どうですか? 忙しいですか?」
挨拶代わりに、多くの人に尋ねていただきます。
関西の挨拶であれば、
「儲かりまっか?」
というあたりでしょうか?
 「ぼちぼちでんな〜。」と答えたいところですが、

 「いや〜、こんなに暇でいいんでしょうか?毎日、ニコニコしている間に一日が過ぎちゃって。」

実際そういう状態なのですが、みなさん、あまり信じてくれません。
「先生のところでしたら、そのうち大忙しになりますよ。」
 「え〜、うれしいけど、逆にしんどくなりたくないですね。」

家族のこととかも考えた上での退職と開業です。
あくまでも自分のペースは崩したくありません。
そして、なにより患者さんとしっかり向かい合うためにした決断です。

かといって、
そもそもの自分のペースは、今の自分よりは少しは忙しいものです。
それに、スタッフの給料もあるし、借金も返さないといけません。
ボクのチカラはまだまだ余っています。
そして、幸いにも、息子は元気です。
なによりも、このことがありがたいです。

そんな中で、先日、昨年定年退職された先輩の先生が、
体調を崩され、前の職場に入院されました。
アルバイトのついでで申し訳なかったのですが、
お見舞いにいきました。
開業の挨拶状を送っていましたが、
その先生にお会いしたのは、先生が退職されてから初めてでした。

 「先生、大丈夫ですか?」
などと、先生の病状などについて話した後、
「あんた、開業したんやて? なにがいややってん?」

歯に衣着せぬ先生から、直球ストレートの質問が浴びせかけられます。
もちろん、付き合いの長い先生ですから、ボクのことは何でも知ってくれています。
にこにこと微笑みながら、「何でも聞いてあげるで、いいたいこというてみ。」
といわんばかりです。。

 「今流行りの、”いくじ休暇”みたいなもんです。」
 「ただし、『じ』の部分は、自分の『自』なんです。自分を、もう少し育てないといけないと思いまして。」

「またまた、うまいこというなぁ。」

  「いやいや、先生こそ、ちゃんと治して、早く復活して下さい。」

無理せんと頑張りや、と、病気で入院している人から逆に励まされました。
いつも冗談ばかりで楽しい先生です。ボクとの、冗談交じりの会話の中で、目だけはじっとコチラを見て、
優しく、そして、心で頷いてくれているようでした。


患者さんと、しっかり向かい合い、そして、寄り添うことのできるクリニックを作り上げることで、
きっと、
これからのボク自身をも、育てていくはずです。

自分が育ち、忙しくなるのであれば、
それは、最高のストーリーだと思います。

まだまだ、頑張ります。


nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:妊娠・出産

10年後の自分をイメージする [産婦人科医]

先々週、
日本産科婦人科遺伝診療学会、という学会に出席するために、
長崎に行ってきました。

昨年末に、人類遺伝学会に入会して、
臨床遺伝専門医の勉強中ですが、
なかなかの難易度で、取得には苦労しそうです。
それでも、自分のできる範囲で勉強して、
今の、これからの、自分の医療に活かしていきたいと考えています。

この長崎の学会では、
遺伝カウンセリング・ロールプレイ研修というものにも
参加してきました。
遺伝カウンセリングの実際的な演習として、
ロールプレイ方式で行います。
カウンセラー、患者、オブザーバーに分かれて、
順番にあらかじめ想定した役割で実習します。

これが、まあ、難しいことと言ったら。

カウンセラー役の順番で、
遺伝相談を受ける側として、つい心配かけたくないと思うあまり、
うまく安心できるように誘導しようとしてしまうわけです。

そうすると(わざとかも知れないですが)、
どんどん深みはまる、展開に陥っていきます。
あまりの難しさに、悲鳴を上げそうになりました。

結局、自分では全く納得のいくようなものにはなりませんでした。
そもそも、そういうことを自覚するために行う研修でもあります。
当たり前といえば、当たり前です。

ただ、そんな自分を、冷静に振り返ってみると、
つい、自分が自信のない分野で、患者さんと向かい合うときに、
自信のなさをなくすために、
「患者さんに心配かけない」という大義名分で、
実は、自分の都合のいいようなストーリー展開をしようとしていたことに
気づきました。

それは、カウンセリングとしての体をなしていなかったと反省しました。

ボクは、若い先生たちに言っている言葉があります。
それは、
「つねに、10年後の自分をイメージして、今、自分が何をすべきかを考える。」
ということです。

その言葉を自ら思い出して、
10年後には、きっと、今よりもっと安心して相談できる産婦人科医になろうと思いました。

そして、学会2日目の午後、
そろそろ夕方の飛行機の時間が気になりだした頃、
ボクはどうしても見ておきたい場所があって、
行くべきか、学会でギリギリまで勉強するか、悩みました。

それは、中学の修学旅行で訪ねた、大浦天主堂でした。
ざっと35年以上前に、その美しさに思わず震えた場所です。

長崎自体、20年ぶりです。
次来るときは、死んでるかも知れません。
そう思うと、学会場を抜け出して、タクシーを飛ばして、
ほんの15分ほどで到着しました。

大浦天主堂.jpg

35年以上経っても、なんにも変わっていませんでした。
中に入ると、ステンドグラスや、クラッシックな内装も全く昔のままでした。
じわっと目頭が熱くなりました。

10年後の自分をイメージして、常に進歩しようと目指している一方で、
時間の流れをまったく無視するかのような不変という安心感
ボクは、何を目指したらいいのだろうか。

想いは、何十年経っても、けっして変わらぬ普遍的なもので、
それを支える医療技術は、常に変化して、進歩していく。
そういうことなのだろうと
納得しました。

まだまだやらないといけないことが、たくさんあります。
そして、それは、きっと、ボク自身が幸せを感じることです。
これから歩こうとしている道は、
まっすぐではないかも知れないし、山あり谷ありかも知れないけれど、
きっと、たくさんの笑顔で満ちあふれているはずです。

ボクの笑顔で、また、たくさんの人を笑顔にしたい。

これが、ボクの10年後です。

すべての子どもたちと、
その子どもたちを愛する大人たちへ、
今年も
メリークリスマス


nice!(4)  コメント(11) 
共通テーマ:妊娠・出産

果たせなかったこと [産婦人科医]

この度、開業をするにあたって、
産婦人科医として、
果たせなかったことを考えてみました。

一つは、
自分が取り上げた子どもの、そのお産に立ち会うことです。
今までいた病院では、
約20年前に数年間働いていたこともあるので、
「自分が取り上げた赤ちゃんの、そのお姉ちゃんのお産」は、
3回ほど立ち会いました。
つまり、その患者さんのお母さんが、ボクの担当であった、ということです。

ただ、ボクが取り上げた子どもの、
月経困難(いわゆる生理痛)の主治医をすることはできました。

先日、この患者さんが、いつものように、お母さんと薬をとりに来院されたので、
 「今度ボク、退職するんです。」
「えーっ! 先生に赤ちゃんできたら、お願いしようと思ったんですよ~!」
「さっさと、嫁に行かん、アンタが悪いんや。」
と、すかさず、お母さんのツッコミが・・・。
わはは。

退職して、比較的病院の近くで開業することを告げると、
「どこまでも、ついて行きます!」
って、言ってくれました。
 「ありがとう。」
逆に、そう言ってくれないと、少し寂しい気持ちもしました。

もうひとつは、
自分自身の孫を取り上げることです。

うちの息子が、結婚して、その奥さんが妊娠するとは限らないので、
数の理論から言っても、
最初の件よりも、もっと確率が低くなります。
そもそも、
息子の奥さんが、診察させてくれるような気がしませんし。

あと、果たせなかった残念なことがあります。
息子と手術をすることです。

上の息子は、
今、高校生ですが、
うれしいことに、医師を目指しています。
晴れて、医学部に合格したとしても、
将来産婦人科医になるとは限りません。
臨床研修医で、自分がいる病院にローテーションで来たとしたら、
ちょっとは可能性もあるかも知れませんが。

なぜ、そんなことを考えているかというと、
うちの病院に、
上司の息子さんが数ヶ月前に赴任してきたのです。
ボクと上司は、ボクが研修医からのお付き合いなので、
息子さんは、小さい頃から面識がありましたが、。
まさか、一緒に働くなんてイメージしていませんでした。

上司が、自分の息子さんと一緒に、仲良く手術する姿をみて、
じわっと、うらやましく思いました。
自分が、長年培ってきた、技術やコツ、手術に対する思いまで、
息子に伝えることができたのなら、
どんなにうれしいだろうか、と考えました。

でも、
逆にできそうなこともいくつかでてきました。

いろいろ考えながら、
毎日、過ごしています。

nice!(5)  コメント(10) 
共通テーマ:妊娠・出産

お世話になりました、お世話になります [産婦人科医]

今日、
ボクは、産婦人科医としてひとつの通過点に立っています。

今月末をもって、20年以上の勤務医生活に終止符をうち、
しばらくの準備期間をおいて、
個人クリニック開業することにしました。

長い間、
自分が思う産婦人科医としての道を歩いてくることができたのは、
多くの人の導き、励まし、支え、後押し、そして、お叱りがあったからこそだと、
感謝しています。

思い立ったのは、
一年前の、周産期専門医になった頃です。
それまでは、
くじけそうになって、逃げ出しそうになって、
いやになって、泣きそうになって、
もうだめだ、と、
どうにもならないときに、
選択肢の一つとして、
「開業」をという言葉を口にすることもありました。

それでも、
ボクには、たくさんの患者さんや仲間の笑顔をという財産がありました。
どんなにしんどくても、
また、仲間とともに、
笑顔で前に進んでいくことができました。

しかしながら、
体力的な限界を感じ、
残りの人生を考えることが多くなりました。
家でも、日々のプレッシャーから
イライラ過ごすことも多くなりました。

そして、
昨年の12月、
職場に送られてきた周産期専門医の認定証を手にしたときに、
これまで、多くの人に支えられてきたという感謝の気持ちとともに、
「次は何をやろう?」
と考え、
その瞬間、「臨床遺伝専門医」という言葉が降りてきました。
まさに、天の声でした。

周産期医として、
小さな命とお母さんを守り、
後輩の指導を続けていくことは
大切な使命だと考えています。
しかし、日々の診療の中で、
胎児の異常が見つかった場合や遺伝的な問題をかかえる妊婦さんに出会ったときに、
意外と、自分の足元が不安定だと気づくことが多かったのです。
職種が違うんじゃないかという人もいるのですが、
妊婦さんや家族の不安に少しで助けになることができたらと、
考えるようになりました。
婦人科腫瘍の分野でも遺伝的な考えはもはや常識になりつつあります。

すぐに、ボクは大学の遺伝専門の教授に連絡をして、
研修の指導をお願いしました。
順調にいって、あと3年間かかりますが、
新たな修行を始めました。

そして、じつは、同じ頃、
下の息子が、精神的にしんどくなっていました。
生まれてから、ずっとニコニコしていたのに、
多くのストレスを感じるようになっていました。
身体はきわめて健康であったのが、
せめてもの救いでしたが。
きっと、ボクの家でのイライラした姿で、少しずつ、
繊細な彼の心は傷ついていたのかも知れません。
今となっては、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
昼夜逆転や不登校の日々を、
きっと、彼自身が自然に乗り越えてくれるものと信じ、
じっと見守るしかありませんでした。
ただ、
いろんなことを勉強し、吸収していく小学生から中学生の時期に、
彼が、誰もいない家で過ごしていることを、
父として、放置することができなかったのです。
自分のペースで仕事をすることができれば、
今よりは、彼のそばにいてあげることもできると思いました。

年齢を語るときに、
孔子の言葉を用います。

四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。

この、
天命を知るという言葉の意味を、
調べてみると、
「自分自身にとって、一番大切なものは何か、
   そして、自分が果たすべき役割について気づく」
ということなのだそうです。
自分の運命を知る、くらいの意味と思っていたのですが、
もっともっとポジティブな意味でした。

この一年で、、
様々な方面で活躍している先輩や同級生、
医会でおつきあいしている開業医の先輩からたくさんのアドバイスをいただき、
長く関わっている患者さんたちからも励ましをいただき、
ボクの気持ちは少しずつ変化していきました。

そして、
ボクの人生の最大の先輩である、
今も現役の産婦人科医である、
父の姿を、
もう一度、子として、後輩の産婦人科医として、
冷静に見たとき、
最終的な決心をすることができました。
全速力で走ることよりも、
いつまでも走り続けることの方が大切だと思えました。

これまでお世話になった多くのみなさんに感謝も気持ちでいっぱいです。
そして、
突然(ボクの中では突然ではなかったのですが)、
退職することで、
多くの仲間にご迷惑をおかけして
申し訳ありません。
ボクをいつも指導して下さった上司の先生にも、
十分な恩返しができてないので
申し訳なく思っています。

これからも、
自分のできることで、
みなさんに少しずつでも恩返しをしたいと思います。

開業は不安なことも多いですが、
やるときめたら、
楽しみなことも多いです。

ひとりだけではとうていやっていけないので、
いろんな人のお世話になります。

どうぞよろしくお願いします。

nice!(4)  コメント(15) 
共通テーマ:妊娠・出産

白衣の意味 [産婦人科医]

うちの病院は、研修指定病院です。
2年間の初期研修中のドクターが一人ずつですが、
1ヶ月交代で産婦人科にローテーションでやってきます。

産婦人科に来る研修医は、ほとんどが2年目の研修医で、
そこそこの仕事ができます。
産婦人科に研修に来るころには、
内科や外科など、
みな自分が将来、何を専門にするかが決まっています。
逆に、2年目にまだ、自分の専門が決まっていないことの方が珍しいということです。

それでも、若い研修医の先生たちが、
てきぱき働く姿を見て、
 「〇〇先生、完璧ですね。産婦人科に入らないともったいないですよ。」
などと、あからさまに勧誘するのです。

研修の先生たちも、
自分の夢や希望をもって、将来の進路を決めているわけだし、
いまさら、ちょっと褒められたり、煽てられたりして、
急に産婦人科医になるとは思えません。
ほかの診療科の医師になるとしても、
産婦人科の特殊性を理解してもらうことの方が大切だと思います。

そんな中で、
つい先日も、一人の研修医が産婦人科の研修にきました。
一見して、おとなしい印象の研修医でした。
彼は、白の上下(つまり、白衣ですね)に
白のスニーカーで、清潔感を感じました。

当たり前のように思うのですが、
最近の若い先生は、
あまり白衣を着ません。
スクラブ、といういわゆる手術着が多いのです。
スクラブは、多くが自前なので、紺色だったり、黒だったり、
中には、ピンクオレンジを着ている人もいます。
機能的でもあるので、
うちの病院でも、
支給される白衣の中に、このスクラブを選択できるようにする動きもあります。

そして、その上に、長い白衣(コート、といいます)を羽織っていることもあります。
でも、前のボタンは絶対かけません。
ボタンをかけると、かっこ悪いからです。

ボクは、
上下白い診察着をきている、この先生に、
すがすがしさを感じる一方で、
若いのに、どうして、みんなみたいに、
スクラブを着ないのか、異和感も感じました。

 「先生は、なんでスクラブじゃなくて、白衣なんですか?」
って、ストレートに聞いてみました。
すると、にっこり笑いながら、
「まだ勉強中ですから。」
いろいろ、勉強させていただいている身ですから、
患者さんに対しての礼儀なんです、と彼は続けました。

若いのに、立派な気持ちだと感銘を受けました。
彼は、研修医であり、しっかり勉強することは当然として、
患者さんに、勉強させていただいているという感謝と謙虚さを持っています。
そして、その気持ちを上下の白衣で礼儀を現わしています。

かれは、きっと立派な医師として、
医療者からも、患者さんからも、信頼され、尊敬されるでしょう。

ちなみに、かつて、
一生ついて行こうと、ボクが敬愛している、小児科のS先生の話を
このブログで書いたことがあります。

この先生も、常に上下の白衣でした。
なにかのときに、スピーチをされていたことを思い出しました。
S先生は、四国の出身で、
小さいときから、四国八十八カ所を巡る、お遍路さんを身近にみて育ちました。
お遍路さんは、白い服を着て、歩き続けます。
その巡礼をする姿と、医療の道を究めようと、修行を重ねる自分の姿を重ね合わせて、
自分が白衣を着ていることの意味を教えてくれたことがあります。

医師が、白衣を着る意味は、
それぞれかも知れません。

ただ、ボクは、
この若い先生が、この先も、
きっと、どんなに経験を積んでも、偉くなって、多くの後輩を指導する立場になったとしても、
きっと、白衣を着続けていると信じています。

nice!(4)  コメント(9) 
共通テーマ:妊娠・出産

残りの人生でしておかなければならないこと [産婦人科医]

高校の国語の授業のときのことです。
先生が、なにかの話の流れで
こういいました。

「君たち、雪の金閣寺をみたことがあるか?」

ボクたちの多くは、首を横に振っていました。
先生が続けます。

「あの美しさは、人生で、死ぬまでに、一度は観ておかないといけない。」

ボクたちは、その言葉を静かに聞いていました。
それから30年以上が経過して、
高校生大学生、と機会があるたびに
金閣寺を訪れましたが、
夏だったり、秋だったり、
雪が降っていることはありませんでした。
金閣寺を訪れるたびに、
あの国語の先生を思い出し、
 「今度くるときは、雪が降ってるかな?」
と思っていました。

今年の正月は雪が積もっていたので、
初詣での帰りに、少し足を伸ばして、金閣寺に向かいました。
でも、考えることはみな同じなのか、
駐車場に入るだけで何百メートルも大渋滞していました。
なかなか縁がないものだなと感じて、
Uターンして帰ってきました。
あの国語の先生に申し訳ない気持ちでした。

そして、今朝、
朝起きたら、また、雪が降っていました。
今年の京都はよく、雪が降ります。
20センチくらいの積雪でした。
朝ご飯を食べたあと、
突然、明るい陽がさしてきました。

 「こんな日の金閣寺を観とかないと。」

思い立って、すぐに準備を始めました。
家族はみな、まだ寝ています。
帽子をかぶって、長靴はいて、ひとりで出かけました。

さすが世界文化遺産だけあります。
すごい人でした。
ざわざわと人ごみの向こうに、
雪を冠った金閣は、
静かに、凛として、佇んでいました。

あの先生が言った、この金閣の美しさは何だろう。
今日、感じたことと、その意味を考えてみました。

高校生や大学生の時に観ていたとしたら、
今日の、この金閣の美しさは、
きっと、違っていたかも知れません。

30年以上、ずっとやり残していた宿題を、
やっと提出できるようなほっとした気持ちにもなりました。

そして、
この年齢になった、ボクは、
雪の金閣を眺めながら、
自分の残りの人生でしておかなければならないことって
何だろう、と考えました。

まだまだたくさんの、しなければならないことがあって、
追いつめられるような気持ちになることもあります。

これからのボクが、
できることなんて、そんなに多くありません。
それでも、
できることから、少しずつしていこうと思いました。

kinkakuji.jpg

nice!(10)  コメント(27) 
共通テーマ:妊娠・出産

サンタクロースがやってきてた [産婦人科医]

またクリスマスの季節がやってきました。
8年前のこの季節、
ボクはこのブログを始めました。

世の中の、すべての子供たちにサンタはやってきます。
そして、サンタがやってきた証しをみて、
子供たちは、最高の笑顔を大人たちにプレゼントしてくれます。
毎年のように思うのですが、
クリスマスの醍醐味は、子供たちの笑顔です。

妊婦健診で、
もうすぐお産になる経産婦さんたちに、
「サンタさんの準備はできてますか?」
って聞いてみました。

「今日、この健診のあとに、行ってきます。おばあちゃんにみてもらっているので。」

もし、お母さんが、お産で入院しているときに、サンタが来たら、
お母さんのアリバイが成立するわけね。
サンタさんを迎えるのに、親たちはなにかと気を遣うようです。

うちの息子にも、
今朝、サンタさんが来ました。
前の日から、緊張して、なかなか眠れないというので、
一緒に寝てあげることにしました。

そしたら、ほんとに、
朝5時頃目が覚めたら、
息子の枕元に、プレゼントが来ていました。
当直明けで、爆睡していたせいでしょうか、
まったく気づきませんでした。

 「サンタさん、やっぱり、すごい。」
感心しました。

起きて、サンタのプレゼントに気づいた息子は、
「お願いしていたものと、違う。」
と、しょんぼりしてました。

息子の満面の笑顔を期待していたんだけど、
世の中、そんなにうまくいきません。
先週、発売されたばかりの超大人気ゲームソフトなんて、
おもちゃ屋さんでも売り切れなのに、
サンタさんがそんなに調子よくくれる訳ないじゃん。

 「がっかりするのは、君が少しずつ大人に近づいているせいやろ?」
「そんなんやったら、大人になんかなりたくないわ。」
 「わはは。」

来年、クリスマスの魔法から、息子は覚めてしまってるかも知れないけれど、
そしたら、
ボクが、サンタになるからね。

それまでは、一緒に、
夢を見ていこうな。

世界中の、
すべての子どもたちに、
メリークリスマス!!

今まで出会った、小さな命、大切な命、
すべての新しい命に、
そして、そのお父さん、お母さん、
ご家族に、最高の笑顔を!


nice!(4)  コメント(10) 
共通テーマ:妊娠・出産
前の10件 | - 産婦人科医 ブログトップ
メッセージを送る