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この子が教えてくれたんです。 [分娩]

少し前、当直をしていた時、母体搬送の依頼がありました。

妊娠35週の経産婦さん。
自宅で意識消失を起こし、近くの救急病院に搬送されました。
血液検査や頭部CT検査で特に異常はなく、
数日前からの下痢・嘔吐があり、原因は脱水症状のようでした。
ただ、胎児モニターで一過性徐脈が出現しているとのことです。
一過性徐脈は、胎児の低酸素状態を示す児心拍の波形パターンです。

「原因は脱水みたいなんですが、胎児が元気ないんです。すぐに(ベビーを)出さないといけないと思いまして。」
 「わかりました。すぐに送ってください。」

その病院の先生は、よく知ってる先生です。
小児科が早産児の対応ができないという理由で紹介になりました。

到着すると、
意識ははっきりされていますが、顔色はすこし悪いようです。
血圧は正常ですが、脈拍は早い。
ショック状態です。

 「輸液アップしよう。」

脱水という情報もあり、輸液(点滴)をたくさんしないといけません。
輸液をしながら、超音波などで診察をしていくと、
早産や胎盤早期剥離の所見はありませんでした。
羊水も十分にあるし、胎児の状態が悪い原因ははっきりしませんでした。

 「何やろ?」

胎児の状態がよくない原因がわかりません。
考えられる原因を一つ一つ挙げては、確認していきます。

 「そうか、貧血か。」

到着してすぐに行った採血検査の結果が順次出てきます。
前の病院でした採血検査と比較すると、
ヘモグロビン値が2g/dLほど低下しています。
妊婦さんの血液量は体重の10%といわれています。
もともと貧血がなかったとして、最低でも2000mLほど出血しているか?

じゃあ、どこから出血しているのか?

 「消化管しかない。」

脱水症状が重なって、血液が濃縮していたので前の病院ではよくわからなかったようです。
そういえば、診察のとき肛門付近に付着していた黒い汚れは、黒色便やったか。
黒色便は胃からの出血が胃酸の影響で黒くなってできます。

 「輸血の準備をして、すぐにカイザー(帝王切開)!」

輸血の準備を大至急オーダーしました。
胎児の状態がよくないので、大至急で行いたい。
麻酔科、手術室、小児科など、すぐにでも帝王切開する準備はできていましたが、
ここは母体最優先です。
状況を妊婦さん本人とご主人に説明し、同意をいただきました。
急速に点滴をしながら、手術室に運び、クロスマッチが済んだ輸血の到着を待ちます。
ほんのしばらく時間が、長く感じました。

母体の状態を考えると、麻酔は全身麻酔です。

 「頑張りましょうね。」
「はい…、お願いします。」
 「よろしくお願いします。」

麻酔科の先生、手術室のナース、小児科の先生、ベビー担当の助産師、
手術を開始するときには全員にアイコンタクトします。

まずは麻酔です。
全身麻酔なので、麻酔がかかってからなるべく早く娩出が必要です。
患者さんが眠り、麻酔科の先生が手際よく気管挿管します。

「はい、どうぞ。」

何回、この帝王切開をしてきたんだろう。
超緊急の‥。
 「ベビー、産まれました!」

自問自答する、その答えが出ないうち、
執刀開始から1分ほどで産まれた赤ちゃんは、
小児科の先生の蘇生で間もなく元気に啼き始めてくれました。

 「よかった、元気や。」

実際は、2分ほどだったのですが、啼き始めるまでの時間の長く感じたこと。

「輸血開始しますね。」

麻酔科の先生が直ちに輸血を開始します。
本当は、児の娩出までに開始したかったのですが、
万が一の輸血の副作用が胎児に及ばないように、という麻酔科の先生の判断です。

輸血をして、無事手術も終わり、
あっという間の帝王切開でした。
閉腹の時に腸を確認すると、中に真っ黒な便が詰まっているのが透けて見えました。

 「やっぱり、上部消化管からの出血みたいやね。」

翌日、消化器内科に診察を依頼して、
状態が落ち着いていたので、その次の日に内視鏡検査を行いました。
数日後にでた病理診断は、想定していた最悪のものでしたが、
進行期は初期でした。

数日後に、無事に外科の手術も終わりました。
最終的な病理検査の結果でも、追加治療は不要でした。
母乳をあげることもできます。

帝王切開から、外科の手術も終わり、そろそろ退院という時期に、
赤ちゃんも退院です。

明日、一緒に退院できるという日に、
お母さんとゆっくり話しました。
NICUからでてきた赤ちゃんを抱っこしています。

 「今回はびっくりしましたね。 」

「はい。でも、これで良かった、って思ってるんです。」
「初期で見つかったし、ちゃんと治療もいっぺんにできたし。」

 「そう、よかったですね。 もう、無理しちゃだめですね。」

実は、この方はキャリヤウーマンで、職場でも責任ある立場であったようです。
聞いてみると、消化器症状には気づいていたのですが、
妊娠によるものであると思い込み、受診しなかったようです。
産休もぎりぎりまで働いて、産休に入っても、残務処理のために出勤していたそうです。

「この子が教えてくれたんです。 病気のこと。」

 「妊娠しなかったら、忙しくて病院にも行かなかったんでしょうね。」

「はい、きっと。」

 「そしたら、やばかったですよ、たぶん。」

「そうですよね。」

抱っこしながら、じっと赤ちゃんの顔を見つめています。

小さな新しい命が教えてくれたのは、
お母さんの病気のことだけではなかったと思います。
仕事を頑張りすぎて無理をしてはいけないことも教えてくれたのです。
少なくとも、これからは無理しないでください。

女性が、社会で責任を持って仕事をするときに、
妊娠していることが不利になっている背景もあると思います。

妊娠しながら、安心して仕事を続けることのできる環境が
これからも、もっと充実することを祈ります。

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