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一生ついていこうと思った [産婦人科医]

ある日の夕方、まだまだ仕事が終わらず、病棟でばたばたと仕事をしているときでした。
ボクの携帯電話が突然なりました。
電話番号は、前の病院の産婦人科病棟です。

 「なになに?」

電話に出てみると、前の病院の産婦人科病棟の師長さんからでした。
「先生、お久しぶりです。お元気ですか~?」
変わらず、やさしそうな声です。
 「元気ですよ、いつだって。わはは。」
「じつは、今度、小児科のS先生が退職されるんですが、」
 「うん、聞いてます。」
その先生からの年賀状に書いてあったので知っていました。
前の病院でずっと一緒に働いていた、大先輩の先生です。
「来週、送別会があるんですが、先生に声をかけてほしい、と言われたんです。」
 「えーっ。残念、こっちの病院の送別会と重なってるわ。」

その日は、うちの病院の産婦人科の先生の送別会でした。
 「二次会とかないんですか?」
「今のところ、その予定はないんですよ。」
 「そうですか、残念ですけど、先生に宜しく伝えてください。」

その小児科のS先生との出会いは、ボクが前の病院に赴任した12年前です。
ドクターになって10年が過ぎたころです。
その先生は、小児科部長で、数年前にやってきて、その病院でNICUを一から立ち上げた先生です。
その先生が京都に来てから、京都府の新生児死亡率が、
全国ワースト1から一気に中程まで上がった、と聞いたことがあります。
新生児医療一筋の先生で、若い頃は、ずっと病院に泊まり込み、
一年間に2,3回しか家に帰らなかったので、住まいは友達とシェアしていたそうです。

ボクが赴任したころも、週に何日かは病院に泊まっていたようです。
詰所の横の休憩室では、ソファーに座って、半分目を閉じて、「瞑想」しているかと思うと、
突然、ものすごい「いびき」が響き渡り、みんながびっくりして飛び上がることもありました。
でも、その先生が、夜通しNICUの赤ちゃんを診ていることを知っているので、
みんな笑っています。

「風邪、引かないでくださいよ。」

突然、自分のいびきで目が覚めた先生は、ばつが悪そうに、
看護師さんたちが休憩時間に食べるためにおいているお菓子をむしゃむしゃと食べ始めます。

 「先生、風邪とか引かないんですか?」
「うん、ぼくは全部の風邪引いているから。」
たまに、数年に1回、のどが痛くなることがあるくらいだそうです。
 「先生の血には、いろんなウィルス抗体ありそうですね。」
先生は、返事をせずに、むしゃむしゃとお菓子を食べ続けています。

「あの、、あの、、あの妊婦さんは大丈夫ですか?」

突然、切迫早産で生まれそうになっている妊婦さんの状態を尋ねてきます。
 「どの妊婦さんですか?」
何人も入院しているので、わかりません。
でも、その先生が、どの妊婦さんのことを心配して尋ねているか、
ボクにはわかっています。
それでも、わざと、聞き返してみます。

「おとといの、ひとです。」
 「ええ、落ち着いています。明日で26週です。」
「もう、大丈夫ですね。いつでもどうぞ。」

そんな、憎めないキャラの先生です。

ボクが、その病院に赴任してまもなくの頃です。

一人の妊婦さんが緊急入院になりました。
妊娠18週で、完全破水です。
まだ、胎児の心拍はありますが、すでに子宮口が開大して、
病院に来たときには、子宮口まで胎児が出かかっていました。
もうどうしようもありません。

妊娠22週未満では、早産ではなくて流産です。
産まれても、100%助かりません。

びっくりして、どうしたらいいのか戸惑う、その妊婦さんに、
今回の妊娠は、抗生剤や子宮収縮抑制剤でも、
この妊娠を22週まで維持することはできない、
従って、赤ちゃんが生まれても、
蘇生することもできないと説明しました。

重苦しい雰囲気が漂いました。

そして、少しずつ強くなる陣痛を静かに待ちます。

じっと詰所で、待機していると、
S先生がやってきました。

「産まれそうですか?」
 「はい・・。残念ですけど。18週は厳しいですよね。」
「そうですね。 でも、産まれるとき、声かけてください。」
 「えっ? 18週ですけど。」
「私が立ち会います。」
 「・・・わかりました。」

ボクは一瞬、どうしたものかと思いました。
妊娠22週なら、どんなに厳しくても、蘇生は必要だと思いますが、
18週では、蘇生のしようがありません。
小児科の先生が関わることが、
そのときのボクには、理解できませんでした。
先生は、ボクに多くを語ろうともしませんでした。

そして、しばらくして、お産になりました。
先生は、妊婦さんの横に寄り添って、お産に立ち会ってくれています。

在胎18週の赤ちゃんは小さいけれど、
形は立派な赤ちゃんです。
するりと産まれてきたので、静かに体を動かしています。

ボクは、おへそを切り、乾いたタオルで赤ちゃんを包みました。

そして、横にいた先生が、
まるで、宝物をもらったかのような優しい笑顔で、
赤ちゃんをやさしく抱きあげました。
おもむろに、聴診器を赤ちゃんの胸に当て、心臓の鼓動を確認しました。

「赤ちゃんは、まだ生きていますよ。抱っこしてみますか?」

お母さんに優しく、尋ねます。
「はい。」
泣きながら、お母さんは、産まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱きしめます。

胎盤がでて、ボクが診察を終えたあとも、お母さんは抱っこし続けます。
そして、お母さんが少し疲れた様子を見せると、
今度は、先生自身が交代して、赤ちゃんを優しく抱き続けました。

時折、先生は、すっと手を伸ばし、
聴診器で心臓の鼓動を確認します。

赤ちゃんが生まれて、3時間ほど過ぎた頃、
先生の腕の中で、
ついに赤ちゃんの心臓が止まりました。

S先生は、お母さんに、赤ちゃんが亡くなったことを伝え、
残念ですと一言添えて、
赤ちゃんをそっとお母さんに渡し、分娩室を後にしました。

このとき、この瞬間、
ボクに衝撃が走りました。

助かる命を助けるのは当然でしょう。
助からない命を、苦痛なく過ごせるようにするのも、立派な医療です。

しかし、この先生は、
こんなに小さな命を、
神様からもらった宝物のように大切に、愛おしく、胸に抱き、
静かに、産まれたばかりの命を、一人の人間として迎え入れ、
静かに、また天国へ見送るのでした。

 「これこそが、小児科医の姿。」

その一言だけでした。

そして、ボクは、本当に、自分が恥ずかしくなりました。

何よりも、命の尊さを想いながら、
今までの自分は、
本当の命の意味を、
全くといって良いほど、理解していませんでした。

自分が、もう少しマシな医者だと思い込んでいましたが、
そうでないことに気づきました。

先生は、きっと、
自分のいる病院に赴任してきたばかりの産婦人科医に対して、
命の大切さを教えてくれたのだと思います。
そして、
人間の力ではどうしようもないところにでも、
医療者は関わることができると教えてくれました。

ボクが、先生を心から尊敬し、
一生、ついて行こうと思った瞬間でした。

自分が小児科医になりたかったのに、
産婦人科医になったのも、
この先生に出会うためだったとさえ思いました。

結局、その電話をいただいた次の日に、
前にいた病院を訪ね、
病棟で先生に会うことができました。

 「先生がいる間は、この病院を辞めないつもりでしたが、先に逃げ出しちゃって申し訳ありませんでした。」
「いえいえ。」

先生は、にこにこされていました。

定年を少し過ぎて、やっとリタイヤかと思うと、
また、ご自宅の近くの大病院で、新生児科医として続けられると聞きました。

「ただの人数あわせですよ。」

もしかしたら、またいつか、先生の立ち会いのもとで、
新しい命を取り上げることができるかも知れません。

そして、そのとき、
ボクは、もう少し、まともな医者になっているでしょうか?

その日のためにも、
ボクの産婦人科医としての修行は、
まだまだ続きそうです。


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折り入っての相談 [産婦人科医]

半年ほど前のことでした。

詰所でカルテ(電子カルテなのでパソコンです)に向かっていると、
若い先生が小さな声で話しかけてきました。

今年、ドクターになって5年目、産婦人科を専攻して3年目です。

「先生、折り入って、ご相談があるんですけど・・・。」

いつも礼儀正しい先生ですが、
今日はいつになく、丁寧な口調です。

 「どうしたん?」

「大きい病院から、小さい病院へ移ってみるって、ありですか?」

 「えっ?それって、先生の将来のこと?」

いきなりの質問に、彼がどうすべきかよりも、どう答えるのが正解なのか、つまり、どう答えてほしいと思っているのかを考えてしまいました。

「はい。 それとも、先生から僕をみて、『いやいや、まだこの病院で経験を重ねた方がいい。』とかありませんかね。」

 「なるほど・・・。 どうかなぁ。 いろいろあるもんな。」

実をいうと、ボクはそのとき、最終的になんて答えたのでしょう。
せっかくの「折り入っての相談」なのに、よくわからないと答えてしまいました。
だって、突然聞かれても、何が正解かわかりません。

今になって考えると、
2年間の初期研修のあと、1年間は大学病院で、
そしてこの2年間はうちの病院で研修しているので、
そろそろ異動の話がでてくる時期でもあったのです。

彼は次の病院のことを考えていて、
それも、今より小規模の、スタッフの数も少ない病院をイメージした中で、
自分が十分にやっていけるか?
自分のためにも、患者さんのためにも、
それが「あり」かどうかを聞いていたのでしょう。

もちろん、今の病院と同等に大きい病院はあっても、
より大きな病院はありません。

つまり、
「①もう少しこの病院で腕を磨くか、②もっと小規模病院に移って、ばりばりやっていくか?」
という選択肢なのでした。

ボクが研修医だった時代は、赴任先の病院は大学の教室(つまり、教授)が決めることでしたから、
自分で行く病院を決めることも、
大学の医局長の先生から言われた赴任先の病院を断ることも、
原則、「なし」でした。

自分が忙しい病院に回されると言うことは、自分をそれなりに高く評価してくれていると,
ポジティブに考えたものです。
逆に、大きな病院ばかり赴任しているドクターは、
それほど期待されていないのかも知れないとさえ考えていました。
つまり、
次の赴任先の病院を提示された時点で、
今の自分の、ある程度の評価になっていると言えます。

医師としての、そこそこの経験を積んだころ、
小さめの病院でバリバリと頑張ってみるのは悪くないと思います。
そして、たとえば、ドクターの数が3,4人だとしたら、
一人、ドクターが入れ替わるだけで、
その病院はガラッと変わるのです。
その病院の雰囲気が、たとえよくなかったとしても、
その病院を中身から変えることができるのは自分です。

それに、小規模な病院では、診療以外のことも見えてきます。
マンパワーの限界や治療に用いる器械の大切さなど、
いままで「あって当然」であったものが、今度は「なくて当たり前」になるのです。

もちろん、より安全で、質の高い医療を提供するのは当然です。
大病院では、もっとも重症な状態に対する対応を前提に準備されていますが、
それ以外の病院では必ずしもそうではありません。
そういう部分をカバーするのが、
ドクターとしての技量になるのではないでしょうか?

ある意味、かれの「折り入っっての相談」は、
その技量が自分にあるのか?という質問だったのです。

ボクは、大丈夫だと思います。

自分が思っている以上に、
周りは自分を正確に評価しています。
次の赴任先を提示する前に、
すでに、その病院で十分やっていけるはずと評価されているはずです。

たしかに、経験をお金で買うことはできないし、
経験は日々重ねていくしかありません。
ただ、医療にとって、それ以上に必要なものは、
コミュニケーションの力です。
相談したり、説明したり、聞いたり、見たり、
そういう能力は十分あれば、
患者さんを癒やすこともできるし、
自分自身もドクターとして成長できると思います。

そして、
もう一度、言いたい。

次の職場を、
良くも、悪くも、変えるのは君自身です。

大病院にはない、
患者さんとの距離感を十分に味わってみてください。
君なら、「悪くない」と思えるでしょう。

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