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線香花火 [子育て]

中学生の次男が学校に行かなくなって、
もうずいぶん時間が経ち、5回目の夏休みが来ました。

「長い長い夏休みやな。」と、無理せずに、
精神的にもストレスがないように穏やかに過ごす毎日です。

そんな彼が、昨日の昼間、
「花火したい。」
と言い出しました。
何年か前にもらった、子供用の花火のセットを出してきて、
今すぐやりたいと言うのです。
「明るいときにどんなふうに見えるか、見たいねん。」
 「なるほど、面白そう!」

彼が大好きな線香花火に、火をつけます。
水を張った小さなバケツの中で、
線香花火は、音を立てて、小さく、しかし、力強く、燃えていき、
最後は、ぽちょんと、水の中に落ちていきます。

パチパチという火花は、暗い夜ならどうなるだろうか、と想像を膨らませます。
煙の多さと、最後のぽちょんの音が面白くて、楽しかったです。
何本かして、納得した彼は、
「残りは夜に。」
と片付けます。

晩ご飯が終わって、ほっこりしていたら、
「さぁ、花火するで。」
と、虫よけスプレーを自分で吹き付け、準備を始めました。
ろうそくに火をつけて、
大きめの花火から順番に楽しみました。
そして、
やはり最後は、線香花火です。
一本あたり、数十秒くらいの線香花火ですが、
不思議なことに、毎回、火花の出かたが違うのです。
先にぶら下がる、赤い玉の大きさも形も少しずつ違うのです。
何本やっても、飽きることがありません。

そして、
パチパチとはじける火花を二人で見ながら、
あとボクは、何度、この線香花火を、次男と楽しむのかな、と
しみじみ思いました。

彼の、この長い夏休みが終わってしまうとしたら、
もちろん、
ボクは、それを望んでいるし、願っているのだけれども、
彼が、大人になって、
いつか、線香花火に興味がなくなってしまうかもしれないと思うと、
切ない気持ちになりました。

「残りは、お兄ちゃんが帰ってきたときに一緒にやるわ。」
と、彼は、線香花火を5本ばかり残して片付けました。
再来週、長男が、夏休みで下宿先から帰ってくるのを楽しみにしています。

夏だろうが、冬だろうが、
昼間だろうが、夜だろうが、
線香花火は、いつも同じじゃなくて、面白くて、きれいで、切ない。
みんなが思う線香花火は、夏の夜の美しさをいうのでしょうが、
それは、昼間のもうもうと煙を上げて、
小さいけど力強く、燃え盛る線香花火を知らないだけじゃないか。
明るいときにこそ、暗くなった夜の線香花火の美しさを想うことができるのじゃないか。
そして、
明るいからこそ、パチパチとはじける光の線を追うのじゃなくて、
ぽちょん、という、最後の音が聞こえてきたんじゃないか。

子育ても、面白くて、楽しくて、切ない。
うまくできている自信もありませんが、
さほど失敗したとも思っていません。
それに、答えは一つとは限りません。

次男が、笑顔でいてくれて、何よりも、健康でいてくれることに、
日々、感謝しています。
家族を思う気持ちを、優しく、わかりやすく、
教えてくれて、ありがとう。

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自然待ち

はじめまして。
線香花火とは全く関係のないことでのコメントで申し訳ありません。産科医の意見を聞きたくてコメントします。そして長文です。
先日心拍がないことが分かり9週ほどでの流産確定しました。「手術の日程を旦那さんと決めてから連絡ください」ということで病院を後にしたのですが、いろいろ調べると自然に出てくるのを待つという方法もあるということを知り、病院へも、「自然に出てくるのを待ちたい」ということを電話で伝えました。
しかし、医者の反応はよくなく、「私は自然にということの経験もないですし、今月は手術も帝王切開も多いので、緊急時の対応はできないので、自己責任ということになりますがいいですか?」と言われたので、自然でという決意をしていた私は「自己責任ということでいいです」というと、「じゃあ分かりました」とちょっと荒っぽく言われ、「後は待つだけなので、こちらは何もしません」あと何か少し会話をしましたが、他に言いたかった、「一か月待ってもでてこなかったら、手術をお願いしたい」ということも伝えられず、サラッと電話は終わってしまいました。(一か月近くで出てくることが多いみたいに書いていたので・・・)

自分の住んでる所は、僻地で産院は一つのみ、医者も一人、今月は帝王切開も手術もいつもよりも数が多く、緊急時の対応が難しいと・・・忙しい月に自分勝手に緊急患者になってしまう可能性が高い私は身勝手な患者の一人になりました。産院の都合も理解できるし、迷惑をかけるのは申し訳ない。でも、自然に出てくるのを待ちたいんです。田舎に住んでいると自分の身体のことも選べないの?と思うと残念です。
家族に話すと、「今回は遠くの産院に連れていくこともできるよ。近くの産院は次のめでたい時だけお世話になればいいよ」と言ってくれます。でも今後もお世話になる産院と思うと・・・それに、遠くの産院とは、船で渡らないと行けない場所なので、天気次第では一日二日動けません。
産院の医者が悪いとは全く思っていません。他の患者の安全を思えば、当然、日程を決めて手術したほうがいいのは、分かってはいるつもりですが、突き放された感じの電話でショックでした。流産もショックでしたが、染色体の問題だから次にまた強くなって戻ってきてね!と納得できてたのに、電話の対応のほうがショックが大きく、先日よりも大泣きしてしまいました。
できる限り迷惑かけないように、痛くても、出てきても、、倒れない限り、しっかり痛みが引いてから、確認の為の診察をしてもらおうと思います。
haruさんの産院では、流産の方は手術をすすめますか?それとも自然と手術との選択式ですか?
わたしは医療従事者ではないので、専門的なことは分かりません。なので、自己責任でと言われると・・・とても健康体ですし、出産経験陣痛経験もあるので、乗り切れる自信もありましたが、お産は毎回違うと言うし、一気に不安になってしまいました。忙しいかと思いますが、気休めでも、お叱りでも良いので、コメントいただけるとありがたいです。

by 自然待ち (2017-08-01 23:34) 

haru

自然待ちさん、コメントありがとうございます。
自然に待ちたい気持ちはよくわかります。
それでいいと思います。
計画的に手術の準備をしていたとしても、その直前に飛び出てくることもあります。
昔、ボクが担当した方ですが、同じように稽留流産になった方がいました。診断がついて、今後の方針について説明したあと、「お腹のなかに、いたいだけ、いさせてあげてください。」と言われたことがあります。
上の子もいて、なにかと忙しくされている方でしたが、この言葉こそ、母親なんだと感じました。
忙しい周産期医療の現場で、そのいう言葉が医療者に少しずつ負担をかけているのかもしれません。しかしながら、言われたとおりに手術を選択し、もしも麻酔のトラブルがあったとしたら、手術を選んだ人間の自己責任になるのでしょうか?
ただ、9週の大きさで自然流産になるとしたら、そこそこの出血量になり、場合によっては、家族も含めパニックになるかもしれません。そのあたりは、ボクが診察していないので何とも言えません。
by haru (2017-08-06 19:11) 

自然待ち

コメント返していただき本当にありがとうございます!!

前回の出産を終えてから、子供の為、自分の為、また次に増える家族の為、できるだけ身体に悪いことはやめようと思っていたこともあり、今回の流産は、麻酔など使わずに、自然に任せたいと考えました。
実家の家族からは、病院で処置してもらったほうがいいんじゃない?と言われたりしますが・・・幸い、旦那家族がとても協力的で、何かあった時は、すぐにかけつけるから大丈夫!と言ってくれているので、何かあれば、子供も旦那家族に預け、あとは痛みを自分が絶えて頑張るだけ!と思っています。
あと、出血量が多く倒れるということにならないことも願っています。

ただ、9月あたまに他の病院で処置の予約をしておこうということになりました。たぶん一か月以上経ってくると気持ちが焦るのでは?と予想されるので、気持ちを落ち着かせる為と、念のためです。

確かに自分の判断は、医療現場に負担をかけてしまうことと思います。
なので、自分と家族で乗り切れるよう、いろんな方の体験談もネットにでているので、しっかり予習してがんばりたいと思います。
もちろん、危ない状態になったときは救急車呼ぶとは思いますが・・・

haruさんの「それでいいと思います」という一言
とても心強かったです。
ありがとうございました!!!




by 自然待ち (2017-08-12 09:56) 

もとけい

夏の線香花火が残っています。昼にはどう見えるのか?そんな事を思う事がないだろうという、発達の仕方。でも、子どもなりに進む道を応援したいと思います。いっぱい泣いて帰ってくる子どもが休める場所を作ってあげたいなと改めて思いました。
by もとけい (2017-09-22 14:00) 

junko

現在、2人目を妊娠中のjunkoと申します。

一人目を出産する四年前まで、助産師をしていました。出産後は地域の保健師として母子保健を担当していましたが、助産師への未練もあり、周産期センターでのあの忙しくも楽しかった日々が忘れられません。

先生のブログを見つけ、過去記事を遡り全部読みました。妊娠初期の不安とナイーブの塊になっている今の私に、どの記事もお薬のように染み渡りました。涙を流しながら読ませて頂きました。

病院勤務当時、NICUとMFICUに配属されていたので、ハイリスクなお産ばかりを見てきました。その当時は仕事として、テキパキとこなしていたのですが、
2人目を妊娠した現在、あの当時のハイリスクなお産がフラッシュバックしてきて、自分の今回のお産と重ね合わせてしまい、恐怖や不安に押しつぶされそうになっています。(妊娠初期のホルモンのせいでもあると思いますが)
一人目の時はそんなに感じなかったものを、何故今回、こんなに感じているのだろうかと思うほどです。

そして、改めて思うことは、周産期医療をとりまく医師や助産師など医療従事者自身のケアもきっと必要ではないかということです。
一人目出産後、助産師に戻りたくても戻れない、そんなもどかしさを私自身感じていました。なぜ、好きだったはずの仕事に、戻らないのか、子どもがいても、復帰する先輩はたくさんいるのに、、と。
周産期センター勤務当時、新人時代からの配属で、あの緊迫した空気、1分1秒を争う命の行方に、私自身とても疲れていたのだと、現場を離れて4年で気づきました。

先生のブログを読んで、周産期センター勤務当時の自分を思い切り、労ってあげたくなりました。
死産や危険なお産にたくさん向き合ってきたよね、先生とのやり取りに疲れたこともあったよね、今まで本当にたくさん無理して頑張ってきたよね、、もう少し休んで、また戻りたくなったら、戻ったらいいよね、、、と。

先生のブログで心の奥の苦しいものがひとつ、解き放たれたような気がしました。

そして、たまに、先生が家族のことを書かれる記事がほっこりして大好きです。
by junko (2017-10-01 16:21) 

haru

もとけいさん、コメントありがとうございます。
線香花火そのものがはかなく、切ないので、つい重ね合わせてしまいました。
大切なものはなんなのか?
いつも自分に問いながら、前に進んでいくしかありません。
決して、笑顔を失うことなく。
by haru (2017-10-10 21:52) 

haru

junkoさん、コメントありがとうございます。
周産期医療の現場で長年働いてきて、
いったん、離れてみたときに思うことの一つは、よく自分が、この現場でやってこれたな、ということです。
普通の精神状態では、なかなか耐えることができない状況の連続です。
それでも、頑張ってできたのは、元気な赤ちゃんの笑顔なんだろうと思っています。
まずは、自分が元気でないと、幸せでないと、そして、自分の家族も元気で幸せでないと、ダメなんです。
そして、自分を応援してくれる家族に恵まれる、ということも、もしかしたら、才能なのかも知れません。
才能がないと、他人の何倍も、努力しないといけませんよね。
無理しちゃいけないんです。
by haru (2017-10-10 22:00) 

中学生

内容とは全く関係ないお話しで申し訳ありませんが少し聞いて下さると嬉しく思います。
先生の過去のブログの中にも出てきたコウノドリのドラマを見てもともと助産師になりたいとは思っていましたが産婦人科医になりたいと思うようになりました。無論、医学部に入学するのは難しいと思ってはいるのですがやはり産婦人科医になりたいです。しかし、ドラマの中でもあったように産婦人科には色々な症状のある妊婦さんがやって来られます。そう考えるととても恐いです。私は今、中3の受験シーズンでそろそろ進路について決めなければなりません。そこで、ある高校のコースが気になっているのですがそれは、文系なのでそこに行ってしまうと医師や助産師、看護師にはなれません。でも、私は文系教科が得意なので理系に進んでしまったら勉強についていけないのではないのかなと思っています。国公立の医学部に入ることができないのであれば得意の文系教科の勉強がしたいですが、やはり頑張って医学部に入りたいとも思います。好きな教科を勉強するのと、普通科に行って受かるかわからないけれど頑張って医学部合格を目指すか悩んでいます。産婦人科医や助産師にも魅力を感じるけれど様々な妊婦に対応できるか自信がない、国際関係の仕事に魅力を感じるけれど果たしてそれは産婦人科医の魅力に勝るのだろうか?と考えています。自分勝手な質問で申し訳ありませんがアドバイスいただけたら嬉しいです。また、医学部受験のことや産婦人科医になって悩んだこと、学生時代の勉強時間など色々教えていただけませんか?身近に聞く人がおらず悩んだ末、先生にご相談しました。長く、わかりにくい文章で申し訳ありません。よろしくお願いします。
by 中学生 (2017-10-17 21:53) 

はな

こんにちは。
ブログと関係ない内容ですが、
読んでいただけますと幸いです。

先週、姉が26歳という若さで亡くなりました。
出産時です。
お腹が痛くなり病院に運ばれ、
特に対処されるわけでもなく寝かされ
翌日には赤ちゃんの心音が急激な低下で
緊急帝王切開となりました。
そのときすでに姉は呼吸困難で座位呼吸となっており、麻酔を入れたとともに心肺停止したそうです。
姉だけでなく、赤ちゃんも亡くなりました。

説明を求めましたが、執刀医にあえたのは当日とあと1度だけ。
その後の病院からの説明と執刀医の説明の矛盾点が多く説明を求めていますが、執刀医のかたともう会わせてもらえないと病院からコメントがありました。

呼吸困難で心臓肥大が確認されてる状態でも、赤ちゃんを守るために手術がはじめられてしまうものなのでしょうか?
旦那は知らない間に手術がはじまったと言っておりました。

もう、当日なにがあったのか
執刀医から本当の話を聞くすべはないのでしょうか?

政治家もかようとても大きな病院です。
諦めるしかないのでしょうか。
どうしても納得ができないのです。
by はな (2017-10-18 19:18) 

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